学生時代

4回ある夏休みのほとんどを使って 日本をあちこち オートバイで旅をした

もちろんお金はないので テントと寝袋の野宿旅だ

何処へいくとか 何を見るとか 目的はとくになく

ただ家の前の道が

ほんとうにどこまで続いているのか

見にいったのだ

高速道路は使わず

海ぞいを 山あいを 畑のなかを走った

宿にもめったに泊まらず

海辺に 河川敷の野球場に 無人駅に寝た

古めかしい瓦屋根の銭湯に浸かり

地元の人に教えてもらった居酒屋で

初めて会った人たちとお酒を呑んだ

私は旅人だった

そんな旅の途中

太陽に熱せられ 焼けつくヘルメット

伸びすぎた髪がうっとうしくなり 私は散髪をすることにした

小さな漁港の町 一軒の床屋

潮風を浴び 白いペンキがところどころ剥がれた木製の扉

初めて会う私をマスターは笑顔で迎えてくれた

日に焼けた男性が二人 でも客ではないようだ

大きな声で笑っていた 途中 ママが加わった

学校帰りの小学生まで店に入ってきて ソファで漫画を読み始めた

みんな思い思いに楽しそうだ

髪を切りながら私も いつしかその輪に加わっていた

一緒になって笑っているうちに一瞬

この町の人間になれたような気がした

それからも私はオートバイで旅にでれば

ゆきずりの町で床屋に立ち寄った

何だか違う土地の人間になったかのような

まったく新しく生まれ変われたかのような

実に晴れ晴れしい気分になれるのであった

今でも仕事で初めて訪れた街で

入ったことのないお店の前に立つと

なんだか旅の途中のようで胸が躍る